2011年12月17日

DAIKANYAMA T-SITE

T_Site.jpg


DAIKANYAMA T-SITE
"30年経ってもただ一つの夢を追いかけています”

久方ぶりに代官山を散策してきた。
代官山は私の原点。と書くと大げさだが、学生だった頃、そうバブル期真っ盛りの頃、
代官山アパート、ゴルチエ、ヒルサイドテラス、ハリラン、ロイドフットウエアー、お気に入りの場所やショップを巡っては希望に満ちあふれた、このワクワクする街並みを堪能していた。
そして、写真に興味をもち、街づくりに関わる仕事に就いた。
しかしバブル崩壊と共に街に元気はなくなり、どこにでもあるような”代官山アドレス”ができた頃から足が遠のくようになっていた。


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2011年12月04日

DP2x

plant-.jpg
ISO100 1/80 f2.8


ご多分に洩れず、実に面白いカメラである。

ピントは合わない。
背面モニターはでたらめ。
何もしてくれない。
今時のデジカメらしからぬカメラ。

でも、ちゃんと面倒見て撮るとすごい絵をはき出してくれる。
なんといっても色の厚みと立体感の表現。
また、アンダー部分の質感表現は見事。
フルサイズ一眼レフでも、画像処理しないとなかなかこうはいかない。
このカメラがアンダー¥40,000とはにわかには信じがたいが、
先に述べたように、その他の機能が貧弱なことを考えれば
こういった価格設定になってしまうのかもしれない。



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2011年11月05日

レンズの不思議

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ふと思い立ったように、5DMK2を使ってみた。
このカメラを使う場合は、最近はもっぱらヤシコンツアイスをアダプターを介して使っている。
5Dには、コシナツイアイスのM-Planar 50/2.0、Planar 85/1.4を用意したが、この組み合わせは人を撮るときのためのもの。重くてごつくて、とてもお散歩のお共にする気にはなれない。
ヤシコンツイアイスのPlanar50/1.4や1.7であれば同じ50mmでも軽くて、コンパクトでお散歩に持ち出しても苦になる組み合わせではない。

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2011年10月06日

Words of tribute to Steve Jobs.

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私が初めてMacに触れたのは、社会人にしてまもなくの1993年の頃でした。
大学にあるNEC_PC9801で動く一太郎しか使ったことのない私にとって、初めて見たMacの画面は
それはもうディズニーランドみたいなもので、その時から私のパソコンに対する向き合い方が変わったように思います。
「これで何ができるんだろう」「こんな事できるんじゃない?」「こんな事は出来ないのかな?」
毎日毎日、湯水の如く溢れ出る探求心に駆られ、夢中になって触っていたのを思い出します。

1995年に初めて手に入れたMacは”PowrBook550c”、通称ブラックバードと呼ばれたノート型のもの。
そして現在のiMac2011まで7台のMacを使ってきました。
古代より人は優れた道具を手にすることで、文化と文明を築き上げてきました。
私にとってのMacは道具をというより、ウインザー&ニュートンの絵筆やストラディバリウスの様に、
自身の創作活動の手助けとなる体の一部の様なものです。
たかがパソコンに 、何を言うかとお思いの方もいるでしょう。しかし単なるOA機器であるWindowsPC
とは、ここが全く違うところです。目指すべきベクトルが違うのです。
 
用もなく触っていても、不思議と"Think Different"な気持ちにさせてくれる魔法の小箱。
それが私にとってのMacでした。

そしてその気持ちは、iPod、iPhone、iPadに受け継がれ、今も私の心と頭を高揚させてくれます。
Jobs. 新たな安住の地で、どうか安らかにお過ごし下さい。 


追悼曲 Utada - Come Back To Me

 
 
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2011年08月21日

画面スクロールを考える。

iMac_lion.jpg

Lionになって、画面スクロールの操作方法が今までと真逆になった。
デフォルトの設定では、画面を上にずらす時はマウスホイールを上方向に回転、下にずらすときは、下方向に回転させる。
併せてスクロールバーもなくなっている。
(iPhone同様、操作中のみスクロールの位置を把握する意味で表示される)

マウスだとそうなるが、今後アップルは文字入力以外のカーソル操作を、マウスからマジックトラックパッド(以下「MT」と呼ぶ)へ移行するよう推奨しており、MTの使用においては、画面を上にずらす時は、MT上で指を上方向に滑らす、画面を下にずらすときには、指を下方向に滑らす操作となる。
大胆な変更のようだが、これはiPhoneやiPadの画面操作に合わせた考え方で、デバイス間によるその操作性の違いを解消した狙いがあると言われているが、他方で波紋も多い。
なぜなら画面スクロールの操作は、Microsoftが開発したマウスホイールによる操作が一般的となりすぎており、その操作方法がかなり根深く浸透しているからである。
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2011年08月14日

天と地と

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さて、久しぶりに5DMK2にPlanar T*1.4/85を装着し使ってみたが、
その描写の緻密さと立体感の再現応力に驚いた。
このレンズは、やはりポートレイトを撮るためにあるレンズである。

M4/3と35mm版フルサイズとの違いはこの緻密感、立体感である。
フィルムカメラで言うところの、35mmとブローニーサイズの違いが
ちょうどデジタルでいう、M4/3とフルサイズの関係性に似ている様な気がする。

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2011年07月31日

sense

WALL2.jpg

この写真は、残念ながら私が撮ったものでは無い。
facebookで知り合った、写真を撮り初めて間もない方の作品である。

奥深く、不思議でマトリックスな光と影の世界。
驚くのは作風だけではない。
この作品は携帯のカメラで撮られたものなのである。
携帯のカメラでアート性の高い、この様なモノクロの作品を見るのは、
個人的には初めてである。

彼女は、モニター上では綺麗であっても、さすがにプリントクオリティーが
納得いくものにならないだろうと、しっかりしたデジタル一眼レフが
欲しいとのことだったが、携帯でこれだけの作品が作れるのだから、
このまま携帯写真作家ってのを目指すのも良いのではないかと、まじめに勧めた。

そしてオリジナルデータをお借りして、実際に仕上げてみることにした。
自分でも携帯カメラのデータででどこまで作り上げられるか、興味津々。
しかしプリントしてみてびっくり。
A4サイズまでなら十分使える。もう少し無理すればA3もいけるかもしれない。

作品をつくる上で、カメラなど何でも良いのだ。
要は自分が作品を作る上で、体の五感の一部となり得るものを使えば良いのだと。
そしてあとは卓越したセンス。
そんな事を実感した体験だった。
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2011年06月19日

身の振り方

azabu01.jpg

といっても、写真活動についての話し。
4月から白岡先生のカロタイプ講評講座に通い始めたのだが、
毎月1回、6月までに3回受講して、あと3回を残し受講をやめることにした。

この講座は、「作品の内容・プリントの完成度、セレクション・イメージの並べ方、
タイトル、作品発表のためのプレゼンテーションの追究が目標。他者の作品をみること、
自己の作品をみること、自己の作品について語ること、他者の作品について語ることで、
写真をみる眼、写真をつくる眼を培う。」とのうたい文句に惹かれ参加したのだが、
どうも様子が違うように感じた。
概ねこの方針でWSは進められるのだが、”白岡氏が良しとする写真”が前提に
なっているように感じる。
参加している人も、白岡氏や氏の作品に惹かれている写真作家志望の方が大多数なので、
参加している方の意見をも自ずと、氏と同じ方向性の意見に集約されてしまう。

小生は、氏や氏にあこがれる作家志望の作品がどのような経緯で生まれるのか、
また小生が良しとする作品が、どのように受け止められるのか、その点に興味があり
受講したのだが、それらについては理解できたものの、彼らが良しと思わない作品への
独善的な(少なくとも私にはそう感じた)講評が耐えられなかったのだ。

写真関連のWSは、写真関係者間だけで事が進み、彼らだけでの評価で善し悪しが
語られてしまうのがほとんどだが、日本で写真が今ひとつパッとしないのは
そこに原因があるのではないかと感じている。
マスの評価は全くあてにならんという考え。

しかし冷静に考えると、”写真”というものが、結局は生々しく、
綺麗に現実を写し撮れてしまうものなので、そこに深い芸術性を
付加しようとすると、どうしてもその様な理念になってしまうのかもしれない。

私は写真は美しくあるべきと考える。
そしてその美しさの中に作者の”思い”を埋め込めばいい。
意図して撮られた駐車場やゴミやフェンスの写真を”心の毒”といって見せられても、
私には不愉快に感じるだけである。
残念ながらおもしろさなんてみじんも感じない。
なぜならそれが”写真”でしかないから。


もっと自由に写真表現を学び活動できる環境を、もう一度構築しようと思う。

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2011年06月12日

幸せな写真

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世には様々な写真が存在する。
特にデジタルカメラが出現してからは、その”さまざま”の度合いは半端ではない。
きっとまだ見たこともない写真表現は、沢山あるんだろうと思う。
しかしどんなに色々な写真があったとしても、自分の好きな写真は決まっている。

見ていて幸せになれる写真。
穏やかにされる写真。
元気になる写真。

一方でそんな写真を「誰でも撮れる、つまらない写真」という、いわゆる”写真作家”もいる。
ひとひねり、ふたひねりして、一生懸命独自性を追求している。
”作家”としてギャラリストに評価されるには、今までにない表現をしなければならない。
確かにその世界で”勝ち抜く”ということは、そういう事なのだろう。
”大きな目標”と言えるのかもしれない。
しかし一方で、ギャラリストだったり評論家に評価されること、
すなわち”お墨付きをもらう”ことが大きな目標だというのは、
美術や芸術を嗜む人の目標としては、いささか侘びしい感じもする。

写真に限ったことではないが、モードすなわち皆がよいと思うものは必ず繰り返される。
それは、一般的に人が好むものは決まっていて、飽きることはあっても必ずまた
元の鞘に収まるということではないのか。

新しいもの、今までなかったものは飽きた末の一時凌ぎであって、
本質的な”良さ”ではないのではなかろうか。
「人と違う」というだけの”虚栄”ではなかろうか。

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2011年04月16日

写真表現

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千葉県に興味深い美術館ができた。
日本で最初の写実絵画専門美術館であるホキ美術館
現在開館記念特別展を開催しており、今度の連休に訪れてみようと思っている。
日建設計のDesignである建物も、併設されるレストラン「はなう」も興味深い。

さて、写実絵画とは読んで字の如く、写真のように表現された絵画。
ホキ美術館のWebサイトでは以下のようなくだりがある。

写実絵画界のリーダーである野田弘志氏は著書「リアリズム絵画入門」のなかで、
「写実絵画とは物がそこに在る(存在する)ということを描くことを通して
しっかり確かめようとすること。物が存在するということのすべてを二次元の
世界に描き切ろうという、一種無謀ともみえる絵画創造のあり方。
物がそこに在るということを見える通りに、触れる通りに、聞こえる通りに、
匂う通りに、味のする通りに描ききろうとする試み」と述べています。
写実絵画は写真のようだとよくいわれます。しかし、写真は一点から見た画面、
いわゆる単眼ですが、人間の眼は両眼なので、視差によって遠近を知覚します。
人間が見ている空間と写真が表現する空間とはおのずと違ってきます。
人間の目で見たままを描いているのが写実絵画といえます。

ここに収蔵されている作品は多くが日本人作家のものであるが、
どれも非常にレベルが高く、PCモニターで見るだけでは、
写真と見分けが付かない。

さて、次に示した作品は、どちらが写真で、どちらが絵画が
みなさんは区別が付くであろうか。
※各々のサイトから借用させて頂きました。

5_55.jpg


bajra.jpg


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posted by omiya at 14:17| Comment(0) | 日記