2011年06月12日

幸せな写真

be_happy.jpg

世には様々な写真が存在する。
特にデジタルカメラが出現してからは、その”さまざま”の度合いは半端ではない。
きっとまだ見たこともない写真表現は、沢山あるんだろうと思う。
しかしどんなに色々な写真があったとしても、自分の好きな写真は決まっている。

見ていて幸せになれる写真。
穏やかにされる写真。
元気になる写真。

一方でそんな写真を「誰でも撮れる、つまらない写真」という、いわゆる”写真作家”もいる。
ひとひねり、ふたひねりして、一生懸命独自性を追求している。
”作家”としてギャラリストに評価されるには、今までにない表現をしなければならない。
確かにその世界で”勝ち抜く”ということは、そういう事なのだろう。
”大きな目標”と言えるのかもしれない。
しかし一方で、ギャラリストだったり評論家に評価されること、
すなわち”お墨付きをもらう”ことが大きな目標だというのは、
美術や芸術を嗜む人の目標としては、いささか侘びしい感じもする。

写真に限ったことではないが、モードすなわち皆がよいと思うものは必ず繰り返される。
それは、一般的に人が好むものは決まっていて、飽きることはあっても必ずまた
元の鞘に収まるということではないのか。

新しいもの、今までなかったものは飽きた末の一時凌ぎであって、
本質的な”良さ”ではないのではなかろうか。
「人と違う」というだけの”虚栄”ではなかろうか。

posted by omiya at 22:52| Comment(0) | 日記
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